氷室冴香は一人温室のベンチに座っていた。
先にたどり着いたとはいえ、今は大雨が降っている。
また晴兄のように、希が死んでしまうのではないか……
雨が大嫌いな冴香は落ち込み続けていた。
「はぁ……」
「希、ごめんなさい」
「私は臆病で卑怯な人間よ……」
「弱り果てたあげく、」
「あなたに晴兄の姿を重ねて、」
「すがってしまうなんて……」
「あなたは勇気を出して、」
「キスしてくれたのに……」
「私はどうしたらいいのか……」
「わからなくて……」
その時ガチャーンと大きな音をたてて、希がドアを開け入ってくる。
「冴香!」
そこに立っていたのは、血と泥にまみれ、雨で濡れている希であった。
「希!」
「来てくれたのね……」
そのまま走り冴香を抱きしめた希の体は、
雨に濡れているのに、驚くほど熱かった。
まるで、さっきまで地獄の業火で焼かれていたかのような……
あるいは、誰か(幸太郎)から命の炎を分けてもらったかのような、
暴力的なまでの熱量であった。
「冴香……」
「あたしのこと嫌いになったんじゃないの?」
「あと泥まみれだから、汚れちゃうよ……」
希は冷静に言う。
「嫌いになるわけないでしょ……」
「あれからどうやってあなたに向き合ったら、」
「いいのかわからなくて……」
「逃げ続けてしまったのよ……」
「あと汚れるとかそんなこと関係ないわ」
「あなたが生きて温室まで、」
「来てくれただけで嬉しいのよ」
冴香は既に涙をこらえている。
「もう冴香はすぐ泣いちゃうんだね」
「あたしこそこんな泥まみれで、」
「酷い状態だけどさ」
「ねえ、冴香」
「あたし大事な話があるの」
「聞いてくれる?」
希は今までにないくらい、
真面目な顔で言う。
「ええ、希」
「わかったわ」
「話してちょうだい……」
冴香は決意した表情を浮かべる。
「もう後悔しないように、ストレートにいうね」
「あたし冴香を愛してる」
「例え冴香がまだ晴兄を好きでも構わない」
「あたしは冴香の側にいて、」
「支えられればそれでいい」
「冴香の辛い過去……」
「晴兄への想い」
「将来、学園長になる重圧」
「冴香の弱さ」
「全部あたしは受け入れる」
「こんな剥き出しで、」
「醜いことしか言えなくて……」
「ごめんなさい」
「それでもあなたのこと愛してるの」
「もう過去は変えられないのよ」
「冴香」
「いつまでも縛られ続けてきた」
「あたしだからわかるわ」
「弟の幸太郎が死んで、世界が終わったと思った」
「全てが暗闇で、また自室に引きこもったわ」
「それでも救ってくれたのは冴香なのよ」
優しく冴香の背中を、
擦りながら希が言う。
「公園で広告塔になってた冴香に一目惚れしたの」
「気持ち悪いよね」
「あたし看板の写真を保存して、」
「辛い時にずっと見てたの」
「こんなかっこいい人になりたい」
「この人に会いたい」
「あの日、あたしは温室であなたに会えて良かったわ」
「あなたと出会って自分のことが、」
「少しずつ好きになれた」
「どんくさくて何もできないダメなあたしだったけど……」
「嬉しそうに話しかけてくれる冴香と一緒にいると、」
「不思議と自分に価値があるんだってね」
「生徒会で一緒に仕事を頑張ったり……」
「文化祭のときは特に楽しかったね」
何も言えず黙っている冴香の頭を撫でる希。
「冴香と温室で踊った瞬間が、」
「人生で一番幸せな時だった」
「だって冴香がやっと素の自分を、」
「見せてくれて嬉しかったの」
「完璧超人だった冴香も一人の女の子なんだってね」
「一緒にダンスを踊っていたのに突然晴兄とか」
「言い出すから、最初はビックリしたわよ」
「それで嫉妬しちゃった」
「慰めたかったのもあるけど……」
「せめて冴香が楽になるならそれでもいい」
「あたしは晴兄の代わりにはなれないけど」
「一緒にいることができればってね」
「でも冴香は拒絶して逃げた」
「気まずくなって、二人とも様子が変だって思われたのよね」
「月代先輩に呼び出されて……」
「冴香の過去を全部知ってしまったわ」
「本当は冴香から聞きたかったけど……」
「話すのも辛そうだったし」
「無理させたくなかった」
「過去を知っても冴香への気持ちは、」
「変わらないどころかますます強くなった」
「だからあたしと一緒に未来を作っていかない?」
「あたしは冴香を支えるために、」
「人生の全てを捧げる覚悟があるよ」
「あなたが学園長になる時に、」
「隣で支えて祝福したい」
「もうあなた以外何もいらない」
「冴香を世界一愛してる」
「もう全部あたしはぶちまけたよ」
「関わりたくないなら素直に言ってね」
「もう二度と目の前には現れないから」
そう言って冴香を突き放し、
温室から立ち去ろうとする希。
「ま、待って……希……」
「気持ち悪いだなんて思わないわ……」
冴香は必死に縋りついて希を引き止める。
外は大雨が降ってるうえに、雷もなり始めている。
「本当に?そう思ってる?」
「冴香、無理しなくていいんだよ」
「正直言ってあたしは、」
「ストーカーと変わらないし」
希はもう本音で話すことを恐れていない。
「お願いだから行かないで……」
「今日晴兄みたいに、」
「あなたが死んだらどうしようって……」
「ずっと不安だったの……」
「それだけ希のことが大切なのよ」
冴香の声は小さく震えている。
「うん、わかってるよ」
「意地悪言ってごめんね」
「冴香のペースで話していいよ」
希は温室から出るのをやめて、
冴香を抱きしめ返す。
「実は晴兄が手紙を書いてくれていたの」
「最近見つかってね」
「晴兄のお母様が送ってくださったの」
冴香は震えながら話し始める。
「最初は読むのが怖くて……」
「見る勇気もなかったわ」
「でも希とも疎遠になりかけて……」
「決意したの」
「もう過去から逃げてはいけないとね」
「そして手紙を読み始めたわ……」
晴兄の手紙
冴ちゃんへ。
昔みたいに冴ちゃんって呼べなくてごめんね。
最近は少し恥ずかしくてさ。
手紙でしか冴ちゃんって、
呼べない僕を許してくれ。
あとこの前は僕も、
大人げない態度をとってごめんなさい。
もう大学生にもなるのに、
君のことだと冷静な判断が、
できない時があるんだ。
何より冴ちゃんは僕の才能を、
認めてくれた唯一の人だったからね。
尚更ショックだったんだ。
僕は将来会社を継がないといけなくなる。
だからそのためにも夢を諦める必要があったんだ。
まさか冴ちゃんにあそこまで、
言われるとは思わなかった。
正論を君から言われたら、
僕も少し熱くなってしまう……
君に言ったことを酷く後悔してる。
それと同じくらい冴ちゃんのことが大切だ。
もし僕と婚約を破棄しても、
冴ちゃんには良い人がきっと見つかる。
僕の夢をくだらないと笑わずに、
応援してくれてありがとう。
そのおかげで僕は書き続けられた。
冴ちゃんがいなかったら、
もうとっくに夢を諦めてたんだよ。
君が婚約破棄を望むのなら、
僕はそれを受け入れるよ。
何よりもしつこい男は嫌われるからね。
君には誠実でいたいのさ。
冴ちゃんは自分一人で全部を、
抱え込んでしまう困った人だからね。
お父様が亡くなった時も、
自分を責めていたけど、
君は何も悪くない。
最後に立ち会えなかった自分を、
責める必要はない。
真面目に学園の将来について、
会議していたんだからさ。
まだ15歳なのに、将来の学園長候補は違うね。
僕なんか社内の会議や取締役会が嫌で、
逃げ回っていたからね。
いつまでも逃げてはいられない。
だから僕も向き合うことにしたよ。
これから会社を継ぐために、全てを捧げるのさ。
これも冴ちゃんのおかげだよ。
冴ちゃんには幸せに暮らしてほしい。
どんなイケメンか美女かはわからないけど。
君の弱さも含めて全部受け入れてくれる人だと、
きっと生きやすくなるよ。
学園長になっても支えてくれる人だといいね。
僕だと難しいだろうからさ。
会社の社長になれば、
忙しくてすれ違いが、
起きそうだしね。
冴ちゃんと大喧嘩するのは、
あれだけで終わりにしたい。
僕は見守ることしか、もうできないだろうけど。
君が困っている時はすぐに駆けつけるよ。
あと僕のことを忘れないでくれると嬉しいな。
不甲斐ない婚約者兼幼馴染だったけどさ。
冴ちゃんへの想いは本物だったよ。
でも僕への気持ちに縛られずに、
冴ちゃんには自由に生きて欲しいんだ。
そして最後に心から君を愛してるよ冴ちゃん。
晴兄より。
最後に
希は冴香と再会できましたが……
冴香は自らの罪と向き合って、トラウマを克服できるのか……
二人は無事に結ばれるのか。
ぜひ次回の更新もお楽しみにしてください!
ツイッターでも最新情報を投稿しています。フォローや皆さんの温かい感想お待ちしております!
→@SENSHAWRITER

コメント